2025年11月30日。YouTube「Page Tuners」で三宅香帆さんが紹介していたのをきっかけに、朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』を手に取った。
読み進めるうちに感じたのは、世代を問わず漂う「孤独」と、それを埋めようとする切実な「繋がり」への欲求だ。手段は違えど、みんな、どこかで誰かと繋がっていたい。
しかし、物語の終盤で主人公の一人、久保田慶彦が取ったあの行動。あの「仕打ち」とも取れる決断を目の当たりにして、私は思いとどまった。
「視野を広げること」だけが、果たして正解なのだろうか。
むしろ、自分が今までやってこなかったことに目を向け、「自分はどこに視界を絞るべきか」を見極める。慶彦の姿は、そんな「狭める勇気」を突きつけてきたように思えた。
53歳の現在地:会社、家族、そして自分
今の私にとって、世界は驚くほど狭い。 接するのは会社の人たちと、家族だけだ。「友人」と呼べる存在は、今はいない。義彦と同じような境遇。
40代までは、会社から与えられた役割をがむしゃらにこなしていれば、それなりに前を向いていられた。
しかし50代に入ると、風向きが変わる。期待の視線は薄れ、不適合な時だけ責任を問われる。
「こんなはずじゃなかった」 そう思うのは、こうなる未来への備えや情報を、私が持っていなかったからだとつくづく思う。
「遠くの旗」より「足元の灯り」を
慶彦の行動を見て、私は痛感した。
今、私が大切にすべきだったのは、他ならぬ家族、特に妻への優しさだったのではないか。
急に「新しい友人」を探しに走るのは、50代には危うい。
それよりも、今ある繋がりを丁寧に見つめ直すこと。
定年を間近に控えた先輩が、「もう今からはできないな」と寂しげに笑っていた。
だが、その方は私にこう言ってくれた。
「53歳なら、まだ若いね。まだ何かはじめられるんじゃないか」
完璧でなくていい、まずは動く
「誰かの役に立ちたい」「必要とされたい」という願いは、人間の本能である。
そのために、私はずっとやろうと思うだけだったブログを始めることにした。
- 遠くの大きなゴールも必要だが、
- 今の自分を支えてくれる近くの小さなゴールも必要だ。
完璧である必要はない。
何かが動けば、次の何かが動き出す。
これまでは「与えられた仕事」というレールの上を走ってきた。
これからは、自分で立てた「旗」を目指して、自分で動くときだ。
久保田慶彦が最後に選んだ道。
それが正解かどうかはわからない。
けれど、私も私自身の「狭めるべき聖域」を信じて、一歩を踏み出してみようと思う。